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ASANAとは?

2007/02/01 01:43

 

さて、今回は3つの柱(アサナ・プラナヤマ・メディテーション)のうちのアサナについて。

Yoga practice においてAsanaが占める割合はとても高い。
どこかのスタジオやら教室を探して、とりあえず試してみるか~と行くとクラスでまず最初に習うこと。それが多分Asanaと呼ばれるPoseの練習。

どんなアサナ(ポーズ)があるとか、このAsanaはこういう病気や身体的症状に効く・・・・・・・といったことは、すでにいろいろなヨガのハウツー本や、メディアなどでも多く取り上げているので、ここでは逐一取り上げることはあえてしません。きりがないし・・・。やり方によっては、そのような効果を挙げるどころか、害が生じる場合があるので。

どんなにすぐれた道具があっても、使い方がわからなかったり、使い方を間違うと、それが大変な凶器になったり便利な道具になったりしてしまうのと同じです。使い方がもっとも重要なのです。

私も経験があるのですが、結局そのような繊細な動き(アクション)というのは、形(表面上)の部分ではないところに大事な部分があったりするからです。

何度も言うようですが、Asanaにおいては、もちろん形も大事です。
が、例えばサーフィンをするとき、サーフィンのハウツー本を買ったところで、何回読んで海に行ったつもりになっていたに乗ったつもりになっても、一度海に行っていたに乗ろうとしたら、それは全然違う経験だ・・・・ということがわかるのです。同様に、ヨガのハウツー本を買って、試してみてもアサナの本当に大事な部分は伝わらないでしょう。だからあえて、それをしても私には意味がないのです。形(表面)は、ある程度本でも覚えられます。
それもいいでしょう。形は誰にでもまねられます。ヨガのセンセイでなくても、アクロバットの表現者でも、体操の選手でも奇人変人のCMでも。

ですが、アサナの一番大切な部分を理解して教えているのは、ヨガのセンセイだけです。だからこそ、ヨガのセンセイに習う価値があるのです。
身体をただやわらかくしたいとか、アクロバティックなポーズがしたいと思うだけならば、ヨガのクラスは必要ありません。エアロビや体操やストレッチ、バレエやダンスのクラスに参加することで十分効果が得られると思います。

さて話はそれてしまいましたが、それでは、そもそもAsanaとはどういうことをいうのか・・・・とても大切なお話をしましょう。

アサナでもっとも大切な部分は、いかに呼吸をしているか、いかに呼吸を感じているか、いかに呼吸と身体の動きをコーディネートしているか・・・・・・・・・・という点なのです。
これが、ヨガにおけるアサナの身体的な表面的な部分だけではない所以(ゆえん)なのです。

では、ASANA(アサナ)とは何でしょうか?

Asana(正しい表記は最初のAの上に-が入ります。アサナまたはアーサナと呼ばれます。)とはポーズ(posture)と訳されます。
この言葉は、サンスクリット語の「とどまること、そうであること、すわること、あるポジションを作ること」という意味の言葉にルーツを持ちます。
そして、ヨガスートラには、Asanaには2つの大切な要素があると言われています。
その二つとは、「sthira(シーラ) と   sukha(スッカ)」。
sthiraは、静けさ(落ち着き、安定性)と敏感さ(鋭敏さ、繊細さ)
sukhaは、ポーズの快適さを保てる能力である と記されています。
両方とも、どんなポーズをするときでも同じくらいの割合で存在しなければなりません。
例えば、写真を撮るために、足をクロスして座る(パドマアサナ)ポーズをしたとして、痛みが出て、それが終わるや否や足を伸ばさずにはいられないようでは、そのAsanaにはsthira もsukhaもない、ただの足組みでありAsanaとはいえないのです。
また、たとえsthiraの安定性と鋭敏さに到達していたとしても、sukhaの心地よさや軽さがそれと同じくらいの長さでなければ、これもまたAsanaとはいえないのです。
この両方の質が同時にAsanaの中にあること、その状態がAsanaと呼べる唯一の状態です。

Asanaのもっとも大切な要素は、Asanaの中に安定性と穏やかさと繊細さと快適さという両極を同時に感じることが必要なのです。
だからこそ、Asanaはそれ自体が瞑想であるといわれるのです。

では、はたしてそれはどのようにすればいいの・・・・・・・・・・・・??!
これが多分、実際には一番大事な問題ですね。

最初に一番大事なのは、自分を知ることです。今の自分のいる場所、状態を正しく認識することです。そして次にそれを受け入れること。

何かのポーズをしようとするとき、例えば先ほど例に出したパドマアサナ(蓮華座のポーズと言われ、両足をクロスして腿の上におく状態)を考えてみましょう。運よく両足を腿の上に置き足がクロスできたとしましょう。
でも、無理をして組んだものなら、アサナの間中、足首の痛みのことばかり考えることになるでしょう。これは、先ほどの大切な原則を忘れていなければ、アサナではないと分かるでしょう。この人は、あきらかにポーズの中にはいない。つまり、このアサナに入る準備が整っていないのです。
そうであるならば、むしろもっと簡単なアサナから入るべきでしょう。この場合ならばハーフパドマアサナ(片足だけを腿に上げクロスしておくポーズ)とかヴィラアサナにするとか・・・。
それによって、sthirasukhaが味わえるならば、それがその人にとってのアサナなのですから。

もっと快適なポーズから始めてください。このシンプルな考え方は、すべてのヨガプラクティスの基本です。

段階的に順を追ってアサナを練習することは、徐々に高度なアサナへとより深いアサナへと到達するための必要なプロセスなのです。快適な状態を知らずに、形だけをまねることは、この成長の大切なプロセスをみすみす捨てるのと同じです。

自分の今の状態をまず知ってください。どんなポーズなら快適にできますか?堅いところや逆に弱いところはありませんか?呼吸は大丈夫ですか?浅くないですか?マインドはアサナの間中きちんと集中していますか?

そこから自分の快適さの範囲を徐々に増やしていきましょう。
繊細な感覚を保ちながら穏やかな状態で快適さを維持できるかどうかが、アサナであるかどうかのポイントになります。

身体の快適さの許容範囲が増えると、ココロの快適さの範囲も増えてくるのです。今日できなかったかもしれないアサナができるようになれば、それだけで少し嬉しくなります。人と比べる必要はありません。

ひとそれぞれ、いろいろな顔を持っているのと同じようにいろいろな身体を持っています。できることやできないことがあります。それはいいとか悪いとかの問題ではないのです。あるのですから。
それを受け入れてください。「いや、私はもっとできるはずだ・・・。あの人にできるのに私にはできないのが悔しい、おかしい・・・・」
スワディヤーヤでありサントーシャであり、イシュワラプラニダナです。
満足し、受け入れ、信じて、行為を行うことです。

ヨガの練習はステップバイステップです。一日や数日、何年かかけたとしてもヤマやニヤマのココロが、大事な部分が伴わなくては本当の練習とはいえません。本当の価値は手に入りません。

そしてアサナにおいては、呼吸の質がとても大事になってきます。
身体の動きと呼吸がシンクロすることが大事であり、実はとても難しいポイントでもあるのです。

次回は呼吸についてももう少し触れながらアサナについて掘り下げます。






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本物になる。

2007/01/27 11:50

 

前回までいろいろな難しそうなお話もしましたが、実際にヨガにはまると、ヨガの8つのステップで言われるYAMA、NIYAMAの部分がとても重要であることが身にしみてわかってくるようになるのです。

ヨガの大事な考えとしてコレを読まなくても、普通に大切なことが書かれているのです。普通に生きることにとって大切なことだとは思いませんか?

 本当に綺麗な人、すがすがしい人というのは、外側だけでなく内側から美しいしすがすがしいココロを持っているはずです。もし、外側だけ美しく内側がぐちゃぐちゃな人がいたら、その人はヨガをするべきです。本物になるために。外側と内側を統一するために。サウチャという考えをココロにいつもとめて置いてください。
 本当にやさしい人は、外側(他人や自分以外の人)すべてにやさしいだけでなく、自分自身にも優しいはずです。もし、人にはやさしくできるのに、自分をないがしろにしている人がいたら、正しくヨガを学んでください。本当にやさしい人になるために。
アヒムサーの考えを正しく理解してください。
 いつもいつも、現状に満足できず、もっともっとと上ばかり見ていませんか?自分の手にすでにあるものをしっていますか?アパリグラハ、ブラフマチャリア、アスティヤサントーシャのココロを忘れないでください。

自分という存在は、思うことから始まり、言うこと、行動すること、で自己実現していきます。思うことは、想像することであり、創造の始まりです。

ヨガのポーズを練習するときに大事なもうひとつのことは、センセイのガイドをよく聞くこと。想像力をよくつかうことです。
ヨガのポーズには動物やものの名前がついていて(犬とか猫とか・・・)それを真似る形が始まりであるというのも想像力を使う一つの現れです。

人間の持つイメージのパワーはすごいものです。今現在、世の中に存在するすべてのものや出来事は、人間がイメージし、発想し、想像したものだからです。 だから、ヨガに限らずですが、物事を始める際にはイメージってとても大事。イメージを働かせて身体を動かすのと、センセイの言葉に従って、ただ外側の見た目を真似するのでは全然進歩が違います。

教えながら感じるときがあるのですが、例えば「少し身体をゆすって」とか「ゆっくり動かして」などの抽象的な指示をして生徒さんの動きを見ていると、本当に十人十色、人それぞれの「少し」度や「ゆっくり」度の違いについて驚かされます。
それでいいのです。自分の中で、自分の尺度で、判断して、イメージして身体を動かしてください。すると、ただ見たままを真似したときには、感じられない、気づかない何かを発見することがたくさんあるのです。。
そこで疑問が生じたり、感覚を味わったりすることが大事な身体の学習です。

目を使いすぎないでください。目に見えるものばかりを追いかけないでください。
最近の人は、目を使う仕事をしている(ここもそうですが、PCなど)人が多く、ただでさえ仕事で神経を使うのに、目をたくさん使って脳に負担をかけています。
いろいろな音や情報や、脳を刺激するゲームや携帯、テレビなど。。。。少し脳にもスペースが必要です。

そういう私も昔、脳ばかりを過信して、身体を軽視して自分を省みず、身体を壊した経験があります。そのとき助けてくれたのが、ヨガであり、海でした。ヨガが自分を変え、海が浄化し、気づかせてくれたことがたくさんありました。

目には見えないけど感じるもの、ちょっとした気づき、ちょっとした感覚を逃さないようにしてみてください。センセイの誘導をよく聞いてください。よく聞いてわかろうとしてみてください。センサーを敏感にしてアンテナをピンと張ると、そのときの自分に必要な物が感じられてきます。

最初は、形をまねる必要もあります。覚えなくてはならないこともあります。

そうやって、ヨガをって感じて、また再び知ってほしいのです。
大切なことを。本物になるために。
本当のヨガとは、どんなものかを。
ヨガに終わりはありません。もうこれでいい・・・・・・もありません。

本当のヨガは、道なのです。それはエンドレスです。
道は人が途中であきらめない限り、投げ出さない限り続きます。

本当のヨガは、何かをすることではありません。
ヤマ、ニヤマを実践しながら生きることそのものです。
ヨガの練習は、アサナや呼吸法や瞑想は、それを助けてくれるにすぎません。
でも、それはそれは心強いサポーターなのです。
くじけたり、なまけたり、病気になったり、あきらめたり、面倒くさくなったりしても、でも自分を助けてくれるとてもとても、頼れるパートナーなのです。
そんな頼りになるサポーターを知らないのは、もったいない!!というのが私のキモチ。もっともっと、ヨガを知ってほしい、正しく伝えたいというのが私がヨガを教えようと思った理由なのです。

次回は、ハタヨガの3つの柱のうちASANA(ポーズ)の部分について、具体的に掘り下げてみたいと思います。



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ハタヨガの意味

2007/01/21 15:00

 

さて、今回は実際に私が教えているハタヨガについて、もう少し詳しく話してみたいと思います。

ハタヨガとは、HATH=HA(太陽)とTHA(月)という意味です。

HA=太陽=SOUL(魂であり本質部分)
THA=月=MIND(意識であり気づき)という意味もあります。

太陽は、それ自体決して欠けることはありませんが、月は毎月満ち欠けをします。
人間のSOULも同じで、それ自体は常に変わることなく、欠けることがないのですが、意識や気づきというのは常ではありません。時々気づき、時々意識的であるという状態が多いのです。それは、まるで、月が太陽の光を浴びるときに満ち輝き、それを失うと欠け闇に包まれるようなものです。

SOULは太陽であり、常に輝き満ちているのですが、MINDは、月のように時々欠け、時々満ち、太陽であるSOULのエネルギーなしでは輝けないのです。
しかし、意識と身体がひとつになるとき、意識(MIND)のエネルギーは静かになり、
MINDが静かになるとSOULの本質のエネルギーが体中に広がるようになります。
自分の中の太陽と月が、常にあなた自身を照らし輝かすのです。
すると、意識が目覚め、鋭敏な感覚を保ちながらも、ココロや身体はそれによって左右されない、穏やかで自由な状態を手に入れることができます。
ハタヨガの目指すところはそこなのです。ヨガの練習は、身体中を意識で満たし、
自分自身の本質へ身体やココロを磨き、あるべき姿、本当の姿を探し出すことにあるのです。

YOGAを本気で学ぶ人が必ず一度は読まなければならない本があります。
それは、「YOGA SUTRA(ヨガスートラ)」と「HATHA YOGA PRADIPIKA(ハタヨガプラディーピカ)」という本ですが、どちらもYOGAの本質について次のように述べています。

prana vrtti nirodha  」   「 chitta vrtti nirodha 

前者がハタヨガプラディーピカで、後者がヨガスートラです。
ハタヨガプラディーピカによれば「prana=呼吸」の揺らぎを静めること
ヨガスートラによれば、「chitta=心」の揺らぎを静めること

マインドというのは、放っておくといろいろな所へあっという間に飛んでいってしまいます。次々に、いろんな方向にターゲットを変えていきます。でも、呼吸というのは一度にたくさんの方向へ行くことはできません。それは、ひとつの方法しかない。
吸うと吐く。プラディーピカによれば、呼吸をコントロールし、そのリズムを観察すると意識は静まり落ち着いたものになる。プラディーピカでは、プラナ=prana=呼吸のエネルギーのコントロールから始め、ヨガスートラでは、意識、MIND(ココロ)のコントロールから始める。一見違いがあるようですが、これは同じことなのです。
マインドから始めるということは、結局、身体のレベルでは呼吸をコントロールするということをさすからです。

ヨガの練習には、3つの側面があります。
        
         ひとつは身体→外側。
         つぎはココロでありMIND→内側。
         さらに魂(SOUL・本質部分)→最奥。

外側の身体で行う練習が一番ポピュラーなAsana(pose)であり、
Pranayama(呼吸法)であり、Meditation(瞑想)です。

内側の練習であるのが、前回お話した8つのステップのyama、 niyamaです。
内なる戒律でありココロの道しるべです。

そして、最奥へ到達するとダラーナディヤーナサマディーという贈り物が、ヨガの果実が実るといわれています。

ヨガクラスで教えるASANAは、呼吸法を行うための座法(座って行うため)を習得するための準備であるともいわれます。アサナで身体の準備を整え、呼吸法を習得するといわれています。

ヨガの特徴は、呼吸を使うことです。重視することです。
呼吸は、ココロと身体の架け橋です。
たとえば、ものすごく怒っているときや急いでいるとき、緊張するときには、知らず知らずに息が浅く短くなってきます。とても満たされているとき、のどかなとき、眠いときには、逆に息は長く、深いものになります。呼吸は感情や意識の表れです。
ヨガの古典には、人が一生の間にする呼吸の回数は決まっていて、長いきは長生きである・・・というようなうそのような本当のようなお話があります。

あなたは自分の一回の呼吸がどのくらい深いか浅いか、吸う息と吐く息ではどちらが長いか、知っていますか?
まず自分の現在の状態を知ることは、ヨガの最初の一歩です。当たり前だと思っていることほど、よく観察してください。よく感じてください。

目から入ってくる余計な情報を時にはシャットアウトして、自分の内側と向き合ってみてください。一日のうちの、ほんのちょっとの時間でいいです。テレビもラジオもすべて消して、電気も消して、静かにそっと形にこだわらず、ただそっと、座ってみてください。

自分にじっと向き合う時間が必要です。

ASANAの練習は、ヨガでは、自分に向き合う貴重な時間であり機会です。
内側の声、自分の中から見えてくるもの、聞こえてくる声に耳を傾け、目を向ける。
ASANAは瞑想そのものでもあります。呼吸法そのものでもあります。

ヨガのクラスが終わると、呼吸の仕方が変わります。身体が自由になり、内側にスペースができます。私はクラスの最後に、必ず少し座り、呼吸の感覚の違いを味わってもらうようにしているのですが、体中の余計なものや、それまで抱えていたものがすべて遠ざかって自分の手から離れて、まっさらな空間だけが身体の中にのこっている感覚を味わいます。ヨガの醍醐味って、そういう感覚を味わえることじゃないかな~と思います。


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YOGAの8つのステップ

2007/01/15 16:40

 

前回少しばかりYOGAの8つのステップについてお話しました。

まあ、なんだか面倒くさいというか、難しい話もしてますがめげないでください。
YOGAにとって本質部分なのですが、なかなか普通のヨガのクラスなどではお話しする機会がない・・・だけど大事なお話の部分なので。

このYOGAの8つのステップは、3つのグループから構成されています。
まず、①ヤマ②ニヤマのグループ。
①ヤマ(YAMA)とは、普遍的な道理や倫理、道徳のことであると言われています。Ahimsa( アヒムサー)=非暴力
Satya(サティア) = 真実・誠実さ
Asteya(アスティヤ)= 不窃盗 
Brahmacarya(ブラフマチャリヤ)=節制 
Aparigraha(アパリグラハ)=貪欲でないこと  がその内容です。
 
具体的にどういうことかというと、例えばアヒムサーは非暴力、これは普通に人に対して暴力を振るわないというのはもちろんなんですけれども、自分に対しても同様であること、親切であること、思慮深く思いやりのあること・・・という考えを教えています。
サティアは、同様に人に対して誠実であること、うそをつかないこと、同様に自分に対してもうそをつかないこと、言葉や態度に思慮深くあること。
アスティヤは、盗まないこと、自分のものでないものをとらないこと、みんなのものを独り占めしないこと、必要以上にとろうとしないこと。
ブラフマチャリアは、性欲・物欲・食欲・名誉欲等、強い欲望と感覚的な快楽にふけってエネルギーを浪費することを戒めること。
アパリグラハは、欲望の奴隷にならないこと、必要なものを必要なだけいただくこと、満足することを知ること。

②ニヤマ(NIYAMA)は、教えの中でも個人的な戒律であると言われ
Sauca(サウチャ)=清らかさ
Samtosa(サントーシャ)=満足すること
Tapas(タパス)=行なう事。行動する事。
Svadhyaya(スヴァディヤーヤ)=自己修練
Isvarapranidhana(イシュワラプラニダナ)=信じる心

これも具体的なお話をすると、サウチャとは、清潔さ。体の外側だけでなく、内側の健康と心の明瞭さ。生活の場を清潔に保つこと。いくら身を綺麗に着飾っても、自分のいるところ、生活の場や仕事場が汚かったり雑然としていてはココロもうかがい知れるということ。
サントーシャは、起こった事や結果について受け入れる事。謙虚さ。慎み深い、思慮深い態度でいること。
タパスは、YOGAの実践。体を健康に保ち、体と呼吸と食べものなどの生活習慣に配慮すること。ヨガを行う人が、菜食主義だったり、一日一食主義であったりするのは、この現れであるともいえますね。(必ずしもそれがいいとはいえませんが・・・・)
スヴァディヤーヤは、多くの場合、書物での学習をさすとされるが、より広く自分自身を学ぶ事で自分に親しむ事をいう。自分とのあらゆる関わりや関係は、すべて学習の機会であり、スワディヤーヤである。
イシュワラプラニダナは、信仰心とも訳されるが、そうではなく、より大きな(人間の力の及ばない)力に敬意を払い、行為のプロセスに集中し結果については、受け入れる満足するという態度をいう。

このヤマ、ニヤマという精神的な指針は、YOGAの実践においてもっとも大事で基本的な生活態度であり、最初のステップであるとされるのですが、実際には、なかなか難しいことであるというのも事実です。しかし、ヨガの目的は、人間の行動と意思と、マインドとココロと魂をすべて統合することにあります。
身体を磨き、ココロを磨き、そして魂のレベルまで自分を綺麗にする。そうなったときに、はじめて統合ということができるわけですから、そのような方向に行きたいと自分で決めたら、それに向かって少しづつ、できることから始める。ひとつづつ。すると自然にそのような生活態度になっていくともいえます。

私の教えに行っている渋谷のスタジオには、「洗心」という文字の額が飾られています。まさにヨガも洗心のための道具なのです。

次のグループには、③ASANA④PRANAYAMA⑤PRATYAHARAがあります。
③アサナはヨガの経験のある方ならご存知のとおり、様々な名前のポーズを行なうこと。であり、より正確な呼吸法のための体の準備とも言われます。
プラナヤマは、呼吸法・調気法。呼吸を整える事です。浅い呼吸は、プラナといわれる微細なエネルギーを体に取り入れるのを妨げます。アサナで体のつまりを取り除き、アライメントを整えて、意識的に呼吸を使いコントロールできるようになることをいいます。
⑤プラティヤハラは、節制、制感と訳されますが、広く、感覚や欲望をコントロールできること。心を動かす感覚や欲望、感情に引きずられないことをいいます。

この3つの実践は、実際のヨガで行われる肉体的な訓練であり、目に見える、感じられる進化や成長を個々人にもたらすと言われています。

最後のグループでは、⑥ダラーナ⑦ディヤーナ⑧サマディーがあげられていますが、これらはヨガの実践の一部ではなく、ヨガを実践したことでもたらされる恩恵だといわれています。これらは、簡単に説明するだけにしておきます。
ダラーナは、集中の意味。心の働きをひとつの方向に集中すること。
それ(対象物)に接触することをいう。
ディヤーナは、瞑想・静慮の意味。心がそれと繋がること。外にあって繋がっている状態(よく見ているが、没入していない状態)。
サマディーは、三昧の意味。そのものになること。その中にあってそのものになること。みるものとみられるものが、一体になった状態。と説明されます。

これらの状態は、ヨガの実践によってココロと身体が磨かれ、自分という存在そのものの本質レベルまで到達した結果、現れる副産物のようなもので、そのような状態を経験できるということが言われています。

主に西洋の国々では、ヨガは今でも身体的なものだけ・・・と考えられがちですが、ヨガというのは、じつはもっと奥深い、人間のマインド(頭や理性)を身体という重荷から開放し、存在そのものの本質へと導くための科学であるといえるのです。インドでは始まったヨガは、実は精神的にはとても日本やアジアの国々で受け入れやすい精神的バックボーンと土壌があるといえるでしょう。

では、いよいよ(!?)次回からは、もっと具体的なヨガについてお話していきたいと思います。



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YOGAの種類

2007/01/11 15:31

 

1月に入ってから、朝霜がみられるようになりやっと冬らしくなってきました。
寒いと朝はつらいですけど、空気が澄み切って凛とした雰囲気がココロもカラダも引き締めてくれる気持ちのよさです。
ほんのちょっぴり早起きできたら、自然の音、朝の音を聞いて気持ちをリセット、一日を頑張るエナジーをお日様にいただきましょう。。。

さて、それでは前回の続きYOGAにはどんな種類があるのでしょう?というところからお話したいと思います。

YOGAの目的を達成するために、アプローチの仕方によってYOGAには種類があります。あまりなじみのないものもありますが、主なものを簡単にあげてみましょう。

  ①JNANA(ニャーナ)YOGA
  ②BHAKTI(バクティー)YOGA
  ③KARMA(カルマ)YOGA
  ④KRIYA(クリヤ)YOGA
  ⑤RAJA(ラジャ)YOGA
  ⑥HATHA(ハタ)YOGA

①JNANA(ニャーナヨガ)
叡智のヨガ: 一般的には書物や講義、修行などにより研鑽し学ぶものをいうこと           
     が多いが、それに限らずいろいろな事を学び発見する
         こと。
②BHAKTI(バクティーヨガ)
献身・奉仕のヨガ: 神などの究極の存在に対してすべての行動をささげること。
           お祈り、瞑想、すべてをささげエゴをなくすと言われる。
③KARMA(カルマヨガ)
行為のヨガ:結果にとらわれることなく、行為を行うこと。
        無私の境地で他者(他者を神とみる)への奉仕を行うこと。
④KRIYA(クリヤヨガ)
身体的・精神的に浄化すること(クリヤ)を目指す。ハタヨガもクリヤの一種である。
いろいろな独特の肉体的、精神的浄化法を実践する。
⑤RAJA(ラジャヨガ)
ヨガの王様といわれる。各人の内なる輝き(Enlightment)=RAJA=KINGといわれ、それに気づき、磨き、ココロとカラダと魂のレベルまでの平穏に到ることを目指す。
HATHA(ハタヨガ)
カラダを意識的に使うことで隅々まで目覚まし、内なるエネルギーを活性化させ、そのエネルギーをより高次元な意識と統合すること。
(*RAJAヨガのひとつとされる場合もある。)

簡単に分類するとこのようになるのですが、いずれも目的は最初に述べた「心の揺らぎを静める事」であり、どのYOGAもそこを目指して実践されるものであることは変わりありません。どのような方法で、そこを目指すかに違いがあるだけです。

さて、では一般に現在ブームとなっているのはいずれもハタヨガというカラダを変えていくというアプローチ方法です。よく、クラスにはじめて参加される方で、「私はアシュタンガヨガとホットヨガしかやったことなくて、ハタヨガは初めてです」という方がいますが、これは間違いです。(もちろんそんなことは初心者だからこそ知らないんで仕方のないことなんですが・・・・)アシュタンガもホットもパワーもクンダリー二も・・・・種類はハタヨガです。カラダを動かしよく使って、カラダの叡智を呼び覚まし、感覚を研ぎ澄まし、ココロを静め魂のレベルまで穏やかさと鋭敏さを養うのがハタヨガの方法です。
カラダという目に見える自分という存在にもっとも身近な部分から始めることで、より目に見えず、微妙で繊細なココロや感情や意識といった部分にまで浄化させ高めるように導くのが特徴です。

今現在よく聞かれるヨガの名前、ホットヨガ、パワーヨガ、クンダリー二ヨガ、アシュタンガヨガ、アイアンガーヨガ、ヴィンヤサヨガ、シヴァナンダヨガ、インテグラルヨガ
などなどは、すべてジャンル「ハタヨガ」なのですが、それぞれののようなもので、そのスタイルを生み出した人のオリジナルなアレンジがあるためにさまざまな名称が与えられているだけです。もとは全部同じハタヨガであり、ヨガなのです。
名前はそれぞれですが、要はその人にあったスタイルを自分で見つけるのが大事だと思います。

実際にヨガを実践する上では大事なことがあります。
これをアシュタンガヨガといいます。(いわゆるアシュタンガヨガといわれるハタヨガのスタイルの名称とは違うものですので注意)
★YOGAの8つのステップ(アシュタンガとは8つのとの意味)=アシュタンガ・ヨガ
8つのステップとは、ヤマ、ニヤマの基本的な生活態度や振る舞いに始まり、アサナ、プラナヤマ、プラティヤハラ、ダラーナ、ディヤーナ、サマディーの各段階を登ります。その実践を日ごろから意識的に行なっていく事がすなわち私たちの行うヨガそのものとなってくるのです。
では、実際にYOGAの8つのステップをあげてみましょう。
1.YAMA(ヤマ)=普遍的な道理倫理・道徳
2.NIYAMA(ニヤマ)=個人的な規律や戒律
3.ASANA(アサナ)=POSE(ポーズ)
4.PRANAYAMA(プラナヤマ)=呼吸法
5.PRATYAHARA(プラティヤハラ)=制感
6.DHARANA(ダラーナ)=集中
7.DHYANA(ディヤーナ)=瞑想・静慮
8.SAMADHI(サマディー)=三昧

これらの段階は、ただ8つの実践事項ではなく、次第にステップアップしながら到達する目標でもあります。

さらにYAMA、NIYAMAという二つの段階は、こまかく別れ、互いが互いを含む形になるのですが、そのへんはより精神論的な展開も含んでいきますので詳しく次回にお話したいと思います。




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はじめまして。

2007/01/05 14:09

 

今回YOGAについてお話させていただくことになりましたTAZUKOです。

YOGAと一口に言ってもいろんなYOGAがあるんです。そんなことも含めて、いろんな角度からヨガの魅力について語れるといいと思ってます。

さてここ数年、海外(特にアメリカ)のYOGAブームに影響されて、日本でもブームとされるほどYOGAが認知され、一般の方々に広まってきました。
テレビや雑誌、ドラマにもヨガのシーンが見られるなど「健康にいい」というイメージが定着し、ファッションとして、エクササイズとして、ダイエット方法として認知されつつあります。概して世の中で多くの人々に認知されるということは、さまざまなニーズに応え変化し、もともとある姿からかけ離れる場合もありますが、そのもののもつイメージがプラスのものである限りは、一概に悪いこととは言えないでしょう。

私がヨガを始めた頃は、そういったプラスの情報がないばかりでなく、逆に例の世間を騒がせた宗教団体の事件があったころで、悪いイメージがあり、ヨガを習うということに危ないイメージがついてまわったものでした。

それでも、私にはヨガが自分の健康回復に役立つという漠然とした確信があったのです。それは、呼吸が大事なんだと言うことがわかっていたから。ヨガや太極拳なども呼吸がとても大切な運動だというイメージがありますね。なんとなく、自分の体の不調は、呼吸がおかしいということと関係があると思ったのです。
まあ、そこから私のYOGA LIFEが始まったわけで。私にとっては、YOGAがしたいというよりは、自分が健康で元気になれればそれでいいってことだったんですが、たまたま太極拳の教室は近くになく、ヨガ教室があったっていうのが運の始まりと言うか。。この出会いが私の人生をいろんな意味で180度変えました。

今はそういったマイナス要素はほぼ忘れられ、健康的でファッショナブルで・・・といった素敵なイメージが定着しつつあるので、ヨガを伝えるものとしては嬉しい環境にあります。

私がそうであったように、今でも多分YOGAに興味を持つ人の半分くらいは、健康にいいっていうイメージや軽い運動であると思うと思います。実際本来のヨガは、年齢を問わず、男女の別なく、誰でも何処でも実践でき、身体をより健康にしていくという効果があると思います。ものすっごく単純化していうと、ストレッチ+呼吸法といえるでしょう。(ご批判はあるかもしれませんがご勘弁を)

では、そもそもYOGAとは何?って話になるんですが、実はヨガはずいぶんと古い歴史と深遠な内容を持っているのです。

「YOGA」という言葉は、ヴェーダと呼ばれるインドの最古の古典文献(聖典)に起源を持ちます。ヨガという単語自体にはさまざまな意味があり、さまざまに訳されています。

その主なものをあげると、
「結びつくこと、結びつけること、ひとつになること」
「つなぐこと」「心の揺らぎを静めてひとつに統合すること」
「神(キリスト、アラー、ゴッド・・・名称は何であれ究極の存在)とひとつになること」などがあります。

そして、今でも多くのYOGAのプラクティショナーのバイブルとなっているヨガ・スートラというヨガの聖典には、「ヨガとは心の揺らぎを静めることである」と書かれています。

すなわちYOGAというのは、ただ健康のために身体を動かしたり、エクササイズする運動の一種ではなく、さまざまな感情に揺れ動く心とそれによって心に生ずる病を鎮め、心穏やかに、健やかに生きるための知恵を与えてくれる古人の知恵であり、生命のための知恵(道具)なのです。

YOGAを語るということは、すなわちこの言葉の奥深さを理解することに通じるので、基本的な考え方として本当のYOGAというのはなんとなくそんな感じ・・・・というイメージを持っていただけたらまずは十分です。


それでは、実際にはどのようなことをして、「心の揺らぎを静める」のか!?
そのアプローチ方法の違いによってYOGAにもいくつかの種類があるのです。

次回は、そのへんのYOGAの種類あたりから始めようと思います。








 

 

 

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